健康幻想

  • 2006年08月15日(火)

青山学院大の福岡伸一教授がソトコロ6月号におもしろいコラムをかいておられたのでご紹介する。

「食べることとは情報を解体すること」

私たちが食べ物として口に入れるものは、肉にしろ、穀物にしろ、果実にしろ、すべて元はといえば他の生物の身体の一部であったものだ。
そこには元の生命体を構成していたときの情報がぎっしり書き込まれている。
ここでいう情報とは、具体的にいえば、タンパク質の構造のことである。
タンパク質の構造情報が生命の機能を支えている。

もし、他の生物のタンパク質がそのまま私たちの身体の内部に取り込まれればどうなるだろうか。
当然のことながら、他者の情報は、私たち自身の情報と衝突や干渉を起こし、さまざまなトラブルが引き起こされる。

アレルギー反応やアトピー、あるいは炎症や拒絶反応とはすべてそのような生命情報同士のぶつかり合いのことである。

そこで生命体は、口に入れた食物をいったん粉々に分解することによって、そこに内包されていた他者の情報を解体する。

これが消化である。

消化とは、腹ごなれがいいように食物を小さく砕くことがその機能の本質では決してなく、情報を解体することがほんとうの意味である。

タンパク質は、消化酵素によってその構成単位、つまりアミノ酸にまで分解されてから吸収される。
タンパク質が「文章」だとすれば、アミノ酸は文を構成する「アルファベット」に相当する。
I LOVE YOU という文は、I ,L ,O ,V ,E ・・・に分解されることによって情報をいったん失う。

中略

I LOVE YOU という愛の言葉はそのまま受け入れられる事は決してない。
分解されたアミノ酸は、そのまま順列だけが組み替わるのではなく、散り散りばらばらになって、他から来たアミノ酸と離合集散しながら全く別のタンパク質を構成する。

だから身体の中の特定のタンパク質を補うために、外部の特定のタンパク質を摂取するというのは全く無意味な行為なのである。

たとえば、皮膚に張りを与えているのはコラーゲンという弾性に富んだタンパク質であり、加齢にともなって皮膚がたるむのはコラーゲンが不足するからなので、コラーゲンを積極的に摂ることがアンチ・エイジングの切り札である、という言い分はほとんど虚しい。
食べたコラーゲンは決してそのまま自分の身体のコラーゲンになることはない。
コラーゲンは消化されてグリシン・グルタミン酸・プロリンなど何の変哲もない、どこにでもあるアミノ酸となるだけであり、再び、コラーゲンになることはない。

これと同じ構造の「健康幻想」は実は至る所にある。

タンパク質に限らず、食べ物が保持していた情報は消化器官でいったん完膚無きまでに解体されてしまう。

関節が痛いからといって、軟骨の構成材であるコンドロイチン硫酸やヒアルロン酸を摂っても、口から入ったものがダイレクトにそのまま身体の一部にとってかわることはあり得ない。

構成単位にまで分解されるか、へたをすれば消化されることもなく排泄されてしまう。

私たちがこのような健康幻想に取り憑かれる原因は何だろうか。
ここには、身体の調子が悪いのは何か重要な栄養素が不足しているせいだ、という強迫観念があるように思える。
そして、その背景には、生命を、ミクロな部品が組み合わさった機械仕掛けと捉える機械論が抜き差しがたく私たちの生命観を支配していることが見て取れる。

健康を、強迫観念から解放し、等身大のライフスタイルとして取り戻すためには、私たちの思考を水路づけしてきた生命観と自然観のパラダイムシフトが必要なのである。・・・

後略

昨日子供の頃からの親友が私の体調を心配して家に来てくれた。
彼も体調を崩したことがあり、一時は95キロまで太ったが今はあるアプリメントと出会って80キロまで減量でき、人間ドックでもほとんど問題なしとなり、心身共に快調だと言うことだった。
私も今まで私の体調を心配した知人たちから紹介されたいろいろな物を試したが漢方と出会うまではあまり有効打がなかった。
福岡教授の言う健康幻想に振り回されていたように思う。
漢方などの東洋医学では陰陽のバランスが崩れ、気・血・水のバランスが崩れることによって体調が崩れると解釈する。
せっかく私のことを心配して来てくれた友人には悪いのだが、今の私にはサプリメントより心と体のバランスを取ることが心身の健康に大切なように感じる。